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子を帰国子女にしてしまったことで考えさせられた

ネットで見た記事で、気になったものがありました。

私も親として、少し考えさせられた記事です。少し抜粋します。

 http://courrier.jp/columns/53685/

インドネシアはこの記事程も日本人社会と切れてしまう訳ではありませんが、帰国後には奇異の目で見られるかも知れませんね。現実には何も特別な事は無いのですけれど。あるとすれば、テロや犯罪の懸念などの治安面で日本に比べ行動の自由が制限され(これはかなり苦痛)、衛生面で最近は良くなったとは言え、劣悪な上、医療水準が低くて医者に行く回数が多くなる事(本当に嫌です、今もある病気で辛い、治らないし)や、良い面では、そんな悪い面が現実にあると認識できる事や国内旅行でも日本人から見れば海外旅行のようなものと言うくらいだと思うのですが、どうでしょうか。何でも良いのですが、子供がしっかりと自分を見つめ、自分の考えを持ち、自分のやり方で生き抜いてくれる事を願っています。

 

 

 

初っ端(しょっぱな)から“ニッポン神話”のベールを剥がしてしまおう。実は、帰国子女と呼ばれる人たちは、意識・無意識にかかわらず、何らかの理由で、とても傷ついていることが多いのだ。

 

周りの都合に翻弄されてきた人たち

あえて考えてみればわかるのだが(そして、多くの人はこの“あえて”をわざわざやらない。いや、やってあげる余裕がない)、帰国子女と呼ばれる人たちの多くは、主にサラリーマンの親の勤め先の都合で自分の運命が翻弄されてきた人たちだ。留学のように自らの意志で選択して海外生活をしてきた人たちではない。

一度ならまだいい。だが、海外生活の後に日本へ戻り、せっかく友達ができた矢先にまた海外に行って、ゼロから新しい人間関係を構築せざるをえなくなる人たちも少なくない。
それまで慣れ親しんだ母国の環境からまったく違う異国の世界にぶち込まれ、また新たな人間関係のしがらみの中に入っていくわけだ。

人によっては、それを何度も繰り返す。異文化ストレス耐性や対人関係構築能力は人により異なるものの、たいてい大きなストレスと苦しみを抱えながら受容性を高めていくしか他に術がない。

 

受難の日々

赤ん坊のときから外国語環境のなかにいるならまだしも、物心ついてからの海外生活では、ちんぷんかんぷんな言葉を毎日のように聞かされるわけだから、普通の感覚なら気が狂いそうになるはずだ。言葉の壁だけではない。食生活も含め、生活習慣も国によって大きく異なる。
しかも、そういう地獄の苦しみ以上に苦しいことがある。そういう経験をして、心が折れそうになりながら正反合を重ね、ようやく外国人と曲がりなりにも渡り合えるようになったのに、そういう苦労を誰一人察してくれないことだ。

そもそも子供は残酷だ。現地では、自分たちと顔形が違う子を好意的に迎えてくれる子は少ない。差別的なイジメにあうことも少なくないだろうし、特に最近では中国のグローバル化により、日本人を含めアジア人は総じて「中国人」と一緒くたにされ、人種差別的な扱いを受けるケースも増えてきているようだ。

本稿で何度も書いてきたように、人間には異質なものをいじめ、排除することで共同体の秩序を保とうとする性質がある。子供の場合、大人と違って理性のブレーキがきかないぶん、より直接的で残酷な仕打ちをすることも少なくない。
人間は、自分が経験したことのないバックグラウンドをもつ人の立場に立って想像力を働かせることはうまくできない。異文化にぶち込まれた外国人の苦しみや悲しみは、子供であれ大人であれ、現地ネイティブにはわかりようがないのだ。

受難はそこで終わらない。

そんな彼らが期待と不安を胸に日本に戻ると、今度はまた別の意味で理解されない苦しみと、疎外感を味わうことになる。もちろん、最初の頃は日本国内で育った“マルドメ”の人の目にキラキラとまぶしい存在として映ることが多い。でも、単にそれは物珍しさからくる一過性の反応に過ぎず、しばらくすると違和感のほうが大きくなっていく。

「やっぱり、帰国子女は自己主張が強すぎる」「あいつらは空気を読まない」「お疲れ様を言わない」「飲み会に来ない」などなど。先述の「共同体秩序維持装置」が作動し、異物排除がはじまるのだ。
日本社会の特性を察知し、表面的に日本人に合わせる術を体得できたごく一部の人たちを除くと、多くは実際に異物として集団から排除され、ますます傷ついてしまう。

なかには、「日本が合わない」といって海外に帰っていく人も少なくない(だからといって、海外で受け入れられる保証はないのだが……)。しかも、日本の人たちが違和感を感じる前の段階でさえ、「帰国子女だから英語ができてイイよね」「帰国子女だからできて当たり前でしょ」という、羨望・嫉妬・憧憬(しょうけい)などが複雑に絡み合った言葉を投げかけられ、帰国子女の人たちはまた傷ついてしまう。
誰からも理解されない悲しみといってもいいだろう。

 

輝きの正体

本当のところ、彼らの輝きは、暗く苦しい経験の裏返しである。
「自分は何者か?」という問いかけを、幼少期から心の中で何度も何度も繰り返してきた哲学者の輝きといってもいい。長く孤独なアイデンティティ・クライシスの闘いの末に手にする「誇り」が、身体の奥底から「氣(き)」としてにじみでてきているのではないだろうか。

でも、本当のところ、そういう人たちはほんの一部なのだ。
多くの日本人が知らないのは、そうした孤独な闘いに敗れ、心を病んでしまったり、セミリンガル(複数の言語を知っていても、どれも年齢にふさわしいネイティブレベルの言語運用能力を身につけていない人)になってしまったりする人も少なくない、という点だ。
そもそも問題に気づいていないのだから仕方がない、といえば仕方がないのだが、日本社会にはそういう人たちの受け皿は用意されていない。